うつ病を生きる

うつ病と共に18年間歩んできた患者が『生きるとは何か?』について真剣に考えるブログ。

病は自らの体が治すもの

わたしはうつ病歴18年の当事者で、精神科や心療内科での治療の体験の中で処方薬に関しては紆余曲折ありましたが、到達地点は
『薬が病を治すのではなく、自らの体が治す』
ものだという認識に落ち着いた。

幸い、直近までに通院していた精神科の主治医は、うつ病患者に対しては薬の処方を最小限に留め、患者自らが対処法を身に付け実践することで症状を主体的にコントロールできるようにする、といった方針をお持ちのDr.です。
うつ病治療に関してはマインドフルネスなどを取り入れたデイケアは地方にしては珍しく日本でも先進的な試みをされているとわたしは通院しながら実感したものだ。
こういった意味においても、精神科という王道を歩みながらにして、これまでの治療とは一線を画した代替え医療的な試みの一環だともいえよう。

このような体験もあり、わたしの場合は必ずしも処方薬を“悪”だと決めつけすぎず、
『“必要ならば”信頼できる医師との相談の下で使用する』
考え方です。

ま、ガメツイですから、使えるものは使っとけというタイプw
しかし、精神疾患についての処方薬の多剤大量処方により症状なのか副作用なのか見分けがつかなくなる問題には要注意。

※ちなみに平成28年度診療報酬改定で、1日に処方できる向精神薬の数が(平成26年の改定より)さらにきびしく制限されています↓
抗うつ薬抗精神病薬の制限など(平成28年度診療報酬改定)|COMHBO 地域精神保健福祉機構
https://www.comhbo.net/?page_id=10740

これまでよりも、自らの体をケアするためには処方薬についてのリテラシーを意識して高く持つようにしておくことが、必要とされてきているのではないかとうつ病の治療を通して実感しています。

しかし、ここに至るまでにはいわゆる、“医療不信”や“処方薬不信”という場所を一旦通ったことも事実。
15年以上の通院と投薬治療を続けても何度も何度も再発を繰り返し、最後の方では主観的に幾度と死を意識せざるを得ない状況に追い込まれたため、不信感や怒りが募ったものだ。
わたしの場合は、たまたまにしてその後に出会った治療が精神科でなされていたにすぎず、人によっては代替え医療的な取り組みが効を奏することもあるでしょう。

精神科にかかるにしろ代替え医療的な取り組みを自ら行うにしろ、どちらにせよ
『当事者が主体的に治療に取り組む』
ということが、治療効果を上げることは確実です。
なぜならば、薬がわたしたちの体を治すのではなく、『わたしたちの体自らが病を治す』からです。

人間として生まれた体に既にインプットされている“病と向き合う力”が活性化されるのでしょう。
心理的には、
『病を自らのものとして受け入れる』
というプロセスを通りますから、現状の病を敵とみなして治療しがちな精神科医療とは相反するというパラドックスに陥りがちであるのだと感じます。

ホリスティック(全体性)に習い、生きることに要する全方位的なアプローチを病に対してやれば治療効果が高まるのは必然でしょう。
これまでの日本の医療は明らかに処方薬に頼りすぎだったと思いますし、こと精神疾患に至っては薬のみでの治療は難しいのではないかという実感を持っている。

ま、つまるところ、自分でやれるところはやりましょうねー、っていうごく当たり前のことを言いたいわけですw

しかし、手当たり次第やる前にまずは『病について知る』ことが大切です。
わたしもやりましたし、今でもより深く知ろうとし続けています。
難解そうな精神疾患にしても、これは当たり前の人間が当たり前の反応を起こしているにすきませんから、知ることは可能です。
知れば知るほど、世間一般で認識されがちな“異常”なものではなく、とてもとても純粋かつ正常なものだという風に思うようになりました。
内科とか外科とか体の内部器官のことを細かく知るよりも、簡単だと思いますよ。

それと、より宗教的というか哲学的な方面からのアプローチとしては、
『この病はわたしたちにいったい何を気づかせようとしているのか?』
ということに着目するといいでしょう。

これについては先日わたしの師匠とも見解が一致したんですけども、精神疾患に限らず癌なども含め体に現れる現象を通して、病はわたしたちに何かメッセージを伝えようとしています。
このことに自分なりに気づくことが、実際にわたしのうつ病が霧が晴れるがごとく一気に寛解していったきっかけになりました。

ま、気づき(Awareness)というものはダイレクトにこれまでの人生を省みた結果だとも言えますし、内面的な変容の証でもあり、気づきがもたらされると自然と行動も変わってゆくのです。
それにともない、自らを病に導くような行動から遠ざかる、ということが起こる。
うつ病などはいわゆる“心の病”とも言われますから、それこそダイレクトに回復に結びつくこともあるのではないか、と、わたしの劇的なまでの回復ぶりを観察していて感じているところであります。
(しかし、同時にうつ病は体の病でもあります。)

それと、大切なことを書き忘れましたが、うつ病であれ発達障害であれあまり病名にこだわりすきて、「うつ病なら~すべき」「発達障害だから~すべき」という~べき論にからめとられないように注意するといいでしょう。

それよりも、
『この生きづらさはどこから来るのか?』
ということを自分なりに理解しながら、
『ではより生きやすくなるためにはどのような取り組みをしたらいいだろう?』
といった視点から、取り組むとより広がりを持った取り組みに挑めると、実際にわたし自身が心構えとしてきて実感しているところです。
いわゆる“目的論”的にアプローチするということになります。

そうなると、伝統的な医療にせよ代替え的な医療にせよ、とっかえひっかえ試して効果なければいったんやめて効果あるものを残す、といったやり方を続けることで洗練されてゆき、やがては病が癒えるだけではなく、「幸福とは何か?」やがては「愛情とは何か?」という地点にまで到達できることでしょう。

ですから、
『病(苦しみ)とは自分なりの幸せに気づくために与えられたギフト』
だということも言えましょう。

具体的な治療についてというよりは、わたしが実際に治療に取り組みながら学んだ心構えやより広い意味についてのお話しでした。

読んでいただき、感謝します。
あなたの回復が進みより良い人生を歩めますよう、お祈りいたします。
ありがとうございました。