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うつ病を生きる

うつ病と共に18年間歩んできた患者が『生きるとは何か?』について真剣に考えるブログ。

いつもSNSにタイトル考えないで投稿してるから、急にタイトルきかれても困るw


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昨日行った、コワーキングスペース アンダーバー
昨日あそこに行き、出会ったのが写真の本と記事。

行く先々、まあ、ネットも含めてなんだけど、こういうものがよく目につく。
両方とも精神医療関係の方が書いた記事なんだけど、オレの興味とどんぴしゃw

去年、アンダーバーのあるとなりの建物の図書館で借りたNBM(ナラティブ・ベースド・メディスン)について知った。
これについて素人ながら「医学はここまで進んでるのか!」と静かに心を打たれるほどの感動と衝撃を受けたのを今でも覚えてる。

これについて『ナラティブと人間学』というタイトルで深尾憲二朗さんが書いていた記事は読みごたえたっぷりだった。
精神疾患の患者の診断のプロセスが書いてあったんだけど、こりゃ、オレの人生で使える!とか思った。
人間について、相手がどのような方なのかの一応の分類に、わたしはこのような基準を参考にしてたりするのよね。
なぜかはよくわからないが、染みてくるの。

あとは、わりとメディアなどにもよく名前の出る精神科医斎藤環さんが書いた『“コミュ障”は存在しない ――開かれた対話と「コミュニケーション」』。
フィンランド発祥で話題の開かれた対話による治療<オープンダイアログ>について、コミュニケーションとからめて書いてあった。

まー、わたしがうつ病を患ったきっかけがコミュニケーションでありまして、わたしも個人的にオープンダイアログというものにたどり着いておりました。

何を隠そう、わたしも<社会不安障害>などという病名だったこともある、直近でね。
しかし、主治医は「以前からあった神経症と似たようなもの」とおっしゃっていたし、対人関係にがてで緊張しまくりだったというわたしの理解のするわたしの性格もあって、特に意に介さないで「ふーん、やっぱそういう診断になるんだねー」と他人事のように聞いていたのを思い出すw
それについての、日常を通しての対人訓練、しかもわたしが一番苦手とする対象(困ったことにこの世の約半分をしめるw)にちょいちょいコミュニケーションの練習して、手当はしつつあったし。

つい話し飛んじゃってたけど、この記事との出会いは、すごい。
オレのこれまでの人生を凝縮してると言っても過言ではない。

こういう記事や本と出会うことにより、わたしは徐々にうつ病からの回復へ導かれてきたかのように感じています。
これから先、どのようにつながってゆくのかは想像がつきませんが、おそらく、うつ病などの精神疾患、コミュニケーション、にからむ分野へと景色が変わりゆくのだろうなということは、なんとなく分かるのですよね。

まるで、シャーマン的というか、なんていうか、理屈はわかんないんだけどなんとなくそう感じるんですもの。
わたしがわざとそこへ向かわないようにしたとしても、おそらく強制的に向かわせられるであろうことも、薄々気づいていますので、迷わず向かいますw