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うつ病を生きる

うつ病と共に18年間歩んできた患者が『生きるとは何か?』について真剣に考えるブログ。

思い通りに生きてゆけないことに対する無力

思い通りに生きてゆけなくなったことに対して無力を認める。
もっと謙虚にならにゃあかんと思った夜だった。

わたしは文字通り病気。
どうやらうつ病からは脱した状態は維持できるようにはなったけれど、謙虚さを忘れぬようにしなければすぐに逆戻りになる自信がある。
仕事やら何やらに依存しすぎて、いつしか燃え尽きるということを繰り返さぬためにも、わたしの思い通りにことは運ばぬという認識を深め、謙虚さを大切に生きてゆかなければならない。

それと他者に感謝することを忘れないようにもしたい。
ともすると、生きていることや他者の配慮が当たり前かのように感じ、それならばまだいいもののもっと満たされたいと思う欲求や思い通りにしたい欲求が先立ち、他者の存在があるからこそ生きていられるというのに、不満ばかりが募りがちである。

それと、すぐに承認欲求から、自分の考えを押し通そうとその瞬間に虚勢を張ったりするのも、相手から見損なわれたくないというわたしの弱さの現れでしかない。

過去、その果てにあったものが孤独の極みでありうつ病であった。

今日一つ、自己嫌悪や不満を抱きつつも、他者はわたしを見捨てないでいてくれるんだな、という現実があることに気づいた。

多少おおげさな表現になるかもしれないが、そのような他者の存在があるからこそ、わたしがここに存在することも許されているのではないか。

ほんの一瞬だがこのような気持ちになりました。

すぐに他者に依存したくなったり人が怖くなる弱いわたしだけど、今のわたしはそこにいてくださる方たちの存在に生かされています。

ありがとうございました。
感謝。

神社とわたしと信仰心

https://newspicks.com/news/2241648
http://www.sankei.com/smp/west/news/170514/wst1705140013-s1.html

うちは神社が近いなんてものじゃなく、自宅のすぐ隣だ。

なるほどね。
だからわたしは、約18年うつ病に苦しんだけど、今ではうつ病の神から尊い教えとも言うべき数々の体験を与えていただいたかのごとく、それがおおいなる学びへとつながっていて、喜びに満ちあふれるようになったのは!

だいぶ誇張したw

しかし、この自宅の隣にある“神社”の存在が、わたしの病んだ意思をわたしを超えた存在へと明け渡し普通の人間として霊的な成長のプロセスを歩み始めるきっかけの一つとなったことは確か。

あまりにも神社が近すぎて、おそらくですが、ありきたりすぎる光景に脳が順応していたのでしょう、その結果、近年まで神社を神社だと認識すらしていなかった。
しかし、数年前に慢性化していたうつ病が劇的に悪化しアイデンティティ崩壊に陥ったことがきっかけで「わたしの自宅の隣には神社があったのだ」ということを思い出したのである。

仏壇の上にはミニチュア神社ともいうべき巨大なサイズの神棚にミニ神社が祀ってあり鈴までついていて、仏壇を拝むのとセットでこのミニチュア神社も同時に拝んでいた。
もはや、しきたりなど蹴散らさんばかりに、今わたしが拝んでいるのが仏なのか神社なのか自分自身識別不能になりそうであるが、その対象がいったい何であるかは幼いわたしには関係のないことだったのである。

おそらく、このような体験の積み重ねが、ユング的に言えば深層心理にある『わたしたち人間を超えたおおいなる存在の原型イメージ』を刺激し続けることになり、そのイメージが強化されたのではないか、と推測している。

そもそも“神”という存在に対しては人それぞれが「信じる」もしくは「疑う(信じない)」という関係で結び付いており、印象は様々でしょう。
しかし、近年に見られる既存の宗教が没落の一途をたどる状況においてもなお、わたしたちの中にある『信仰心』ということばで形容されるような尊い力が失われてはいないのだな、ということを実感している。

先日、鶴岡市羽黒のいでは記念館であった、知の巨匠、内田樹さんと内山節さんの対談『日本の聖地巡礼とコミュニティー』でもより緻密に語られていたことには驚くとともに感動を覚えた。

わたしは個人的にざっくりと↓にあるような状態から回復した体験をもってして、このことを実感するに至ったのです。
近年、うつ病が悪化してハイパーに退行していた時期、あのときは無気力かつ繊細さに磨きがかかり対人関係にも超過敏になっていた上に、些細な傷つき体験すら激しいトラウマと化すほどにフラッシュバックのオンパレードで荒れ狂う感情の渦に見舞われていた。
↑この体験は、渦中にいた頃はこの世の地獄と言っても過言ではないほどの過酷さがありましたけども、しかし、今では体の感覚などに多少の後遺症は残っていますが、今ではあの頃には考えられないような内面の平安と落ち着きを手に入れている、という事実。

宗教の枠に囚われない純粋な神。
わたしのいる文脈では、これを『ハイヤーパワー』といいますが、しかし、この存在はわたしたち一人一人固有の存在であり、その対象が何であるかも一人一人に委ねられている。
そもそも、わたしたち神との関係は人それぞれ固有であり、表現を変えれば信仰心の深さは人それぞれだということが言えます。

上の方にも書きましたが、この“信仰心”とはなにも『信じる』というあり方だけではなく、『疑う(信じない)』という仕方でも存在することがあります。

信じるも信じないもあなた(やわたし)に委ねられるものですが、そもそも「疑う」ということはそこに存在しているものを疑うという仕方で存在すると考えることもできましょう。

どうあれ、強制はできませんが、わたしは現時点では助かっています。

明日はどうなるか分かりませんけども、わたしたちは朝起きると同時に生まれ、夜寝ると同時に死ぬ、というサイクルを繰り返していると考えると、今日一日生かされたことに感謝せずにはいられなくなります。

ありがとうございました。

TED トーク◇シソンケ・ムシマン: 物語に感動したら、行動に移そう

この TED トークを見て、あなたも興味があるのではないかと思いました。

シソンケ・ムシマン: 物語に感動したら、行動に移そう
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縁と生きる力

今日、以前からお世話になっている知人のところへ行ってきた。

多少おおげさかもしれないが、彼は知人というよりはむしろ、ある意味命の恩人でもある。
彼は、以前、就職の際、わたしがうつ病だと初めてカミングアウトしたにも関わらず採用してくださった方です。
それだけではなく、わたしが休職となった際も病院のデイケアでの治療を後押ししてくださったりと、とても大きな思いやりを持って接していただいたことに、大きな恩を感じています。

その彼とは不思議なもので今でも縁でつながっていて、人生の岐路に立たされたわたしを温かく受け入れ、そして先へと導いてくださっています。

その場所へは久しぶりにお目にかかるもう一人の方もいらっしゃいました。
彼女にも過去に入社の際やそれ以外でも温かく接していただいたことを覚えています。
わたしが休職した直後、孤独で心細くてどうしようもないとき、職場のユニフォームであるジャージの上着を着て過ごし、車の運転席で小さくなりながら彼女から温かく接していただいたことを思い出しながらやり過ごしたものです。
あれは、今から2年ほど前の一昨年の秋頃の話し。

あの頃にわたしを蝕み縛っていた孤独と不安、そしてとてつもなく大きな罪悪感は、今では生きる上で丁度”いい加減”に収まっている。
2年ほどでここまで回復するとはまるでこの身に奇跡でも起きているかのようである。
実は今のわたしはものすごい体験をしているのだろう。

久しぶりにお目にかかりましたが、生きる希望と意欲に満ち満ちていて圧倒されましたw

(しかしながら、その影の部分も一瞬垣間見て、より愛着が増したというw
あー、わかるわかる、オレと一緒ですね、と。
だからこそのあのエネルギーなのも、うなずける。
光と影のギャップが大きなエネルギーを生むのですよね。
少し話しが飛びますが、影が深ければ深いほどに、光である夢や希望もまた大きく培われるものなのです。)

わたしも負けじと、ここ2年ほどで培ったものと取り戻した生きるエネルギーをもってやりとりさせていただきました。
前々から伝えようと考えていた「ずっとお会いしたかったです!」ということばも伝えることができた。

今日会った方々は4名ほど。
立場はそれぞれ違えどその全員が一生懸命に命を輝かせているということを感じさせられました。

ほんと、それぞれ立場が違うんだけどさ、わたしも含めてね、しかしそれぞれが苦悩しつつもそれぞれの道を必死に歩もうとしている姿にね、もう感動しっぱなしでした。
わたしもわたしで岐路に立たされ続けているんですけども、しかし彼ら彼女らの生きる姿と接することで、とても大きな希望と力をいただくことができた日でした。

わたしの感情や感覚をわたしのものとして取り戻すことができ始めているからこそ、岐路に立たされ苦悩しながらもこのようにして喜びも同時に感じることができるのだなと。
こう思うと、またもや『生きてて良かった』感に浸るのであった。

また別の知人は口癖のようによくこのフレーズを言うのである。
『縁は異なもの味なもの』
(ま、本来は異性関係に対して使うフレーズなんだねw)

縁とはまことに不思議なもので、わたしたちが気づかないまま目には見えない縁によって人とつながっているからこそ、わたし(やあなた)は今ここで生かされているのだなと、つくづく感じます。

それも、わたしに過激なまでの孤独感に苛まれた体験があるからこそ、ほんの些細なつながりにも縁を感じることができ、それが生きるということの中にある尊い喜びだったのだなということに気づくことができたのだと思う。

このように考えていると、あの暗闇の中を歩み続けた18年余りの期間は、決して無駄ではなかったのだとさえ思わせるのであった。

実は、
『不幸は幸せへの入り口』
だったのかもしれないね。

やはり、我々には
『いかに人生を受け入れながら生きてゆくか?』
ということが求められている気がするねー。

TED トーク◆ブレネー・ブラウン:傷つく心の力

この TED トークを見て、あなたも興味があるのではないかと思いました。

ブレネー・ブラウン:傷つく心の力
http://go.ted.com/muF0Zg

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悪口の対処法

まー、悪口とはいかないまでも、親しい相手からスキンシップぽく軽くけなされるシチュエーションを使ってわたしは自らの許容量をよく測る。

普段より自分の中にある認めがたい劣等コンプレックスに無力を認め受け入れて許しておく。
じっと独りでいるときに浮かんでくる幾多の自虐的なアレ。
アレの正体は、いわゆる“超自我”から送られてくる否定的なメッセージ。
日々浮かんでくるアレをあらかじめ受け入れて、許しておく。
戦わずに無力を認めるってことだね。

そうすると、ちょっとやそっと悪口を言われたぐらいでは、受け流す以上にその悪口を「あー、そういうところあるある」とすんなり受け入れられるようになっている自分がいることにふと気づく。

ここからより一歩進めて、自らの内に見いだした弱さを克服するために既に日々行動している、という試みをしていたら鬼に金棒。
相手の悪口に対し心の中で「それ、既にやれることやって対処してるぜ、参ったか」という多少強気な態度ですが、悪口言われているのに優越感すら感じちゃう状態になれる。
そんなとにはワハハと余裕の笑顔でありますよw

その試みが一定の効果を見せるところまで進むと、更なる余裕でニヤリと薄ら笑いすら顔に出る。
そして、そこら辺まで来ると自らの劣等感は既に解消し統合されていることになり「あー、相手の中に認められない劣等感があり、それに向けて発しているメッセージなんだな」という認識を持って温かい眼差しを送ることすら可能。

悪口を言ってくる相手を逆に労るぐらいの愛嬢で包み込んであげられることでしょう。

「あー、それオレ既に取り組んで解消してるから、君にも出来るからチャンスあったらやってみようよ」
と、こんな思考。

実は、弱さや劣等感があればあるほどに生きづらさも大きくなるものだが、それらを受け入れる術を見いだすことができれば、あらかじめ既にそれらの弱さを受け入れておくことができますから、要するに弱さが強さへと気づいたときには転嫁されている、という不思議なことが起こる。

完全にできなくてもいいので、練習してとくと生きづらさが軽減されるのでオススメですよ。

何故か知らないけど劣等感や罪悪感まみれだったわたしが生きやすくなったんだから間違いないです。

新しい人生の始め方

50歳以上しか採用しない会社の社長が言った、「人生の変え方」 | Books&Apps

引用↓
> 社長 「ここまで、だいたい皆5年かかります。でも皆、見違えるようになりますよ。」

これ、わかるわかる。
オレもだいたい5年ぐらいかかったけど、自信ついたってことに最近気づいた。

オレの場合は劇的なまでの精神的な退行現象に見舞われ、他者に対して常に見捨てられ不安レベルの恐怖を感じるところから丁寧にやり続けて対人恐怖をあらかた克服したところまでやった。
わたしの過去のトラウマの傷の修復も兼ねたアイデンティティ再構築の試みでもあったのだけど、結果的にうつ病も回復を維持しているという実績も込み。
だからなのか、数ヵ月前に『人生生ききった感』で満たされたことがある。

だからわたしがよく使う表現、
『お金も定職も何もない貧乏だけど、生きていることが幸せ』
という実感があるんですよね。

しかしながら、これはわたし一人では達成しえなかったこともまた事実。
フロイトさんの精神分析から派生した心理学的な知見が強力な支えになったし、相談機関でセラピストさんたちからもヒントをいただき、医療機関のスタッフの方々にも大変お世話になった。
なにより現実でわたしに試練を与えてくださった方々にも感謝しなければならない。

今でもその延長線でやっていて、読書で知識を得たり日常を通して対人関係におけるコミュニケーション術を磨いたりすることがもはや生き甲斐です。

とはいえ、ここにたどり着くまでには、社会人最初の年にコミュニケーションに対する大きな葛藤と直面してから足掛け18年もかかった。
コミュニケーションを重視する会社でノウハウがあったにも関わらずわたしはそこから学ぼうとするどころか、逃げ続けてきた、という反省があります。

しかし、この“逃避”も無ければ今がなかったと言えますから、わたしにとってこの18年という年月は必要なものでした。
それだけ苦悩が深かったということです。
だけど、わたしは悩みきった。

ま、わたしなりに小さいながらやっています。
豪語してる印象を与えるかもしれないけど、未だにコミュニケーションは下手くそだよw
気質的に気弱なところは変わりないから、長続きしないしさ。
けどこのことも加味して自分なりに工夫してやってるつもり。
ということも含めてこの一連のプロセスがわたしにとっては“創造的な試み”なのです。

だから“仕事”という与えられた創造的なプロセスを生きる環境が無くとも、上に書いた一連のプロセスを生きることそのものがもはやわたしにとっての仕事(生業)であると言えます。

一言で表現すると、
『自分育て』
ということに尽きる。

しかし、実はこれだけでは終わらず、同時に、このプロセスから得たノウハウをもってわたしは他者と関わることをしていますし、おこがましいながらも他者の成長のきっかけになるべく意識して行動もしている。

どうじゃ、ぬかりなかろう?w
組織でやってるわけじゃないから、取り入れた新たな学びを現実の行動に適用するのなんてすぐだよ、ほんと一瞬、すぐ次の日からぐらいのインパクトw

ここまで自ら考え行動に移せるということは、既に自立していると言えるのではなかろうか?
周囲の評価などどちらでもいいのだけど。

単なるうぬぼれではなく、振り返ると客観的にもやったよなー、と思える。
全て手探りだったけど、実は一点の曇りも無かった。
自分でも驚いている。

しかしながら、人生より与えられたとても大きな課題を克服した安堵からか、生活に張り合いがなくなり腑抜けてきたのは考えものだw

怠惰なんだよなー。

新たなチャレンジが必要だということだね。
っていうか既に次のチャレンジも見えていてやり出そうとしている最中だった。
っつーか、一部既にやってんじゃん、オレ。

しかし、心細さからすぐに欲望にまみれてしまい、現状では満足できなくなってしまいがちなため、実は与えられていることの方が多いにも関わらずすぐに欲求不満に陥るんだなー。

という自己分析(・ω・)
やけに冷静な怠け者です。